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久々に長文でお話したいと思ったのでブログでお話します。
あまり長文を書くのに慣れていないのでめっちゃ読みずらいと思います。
自分で読むのもいやなので修正とかもしてません。ごめんなさい。
お時間がある人だけ暇つぶしにでも読んでください。

まず宣伝しますー!

2017年3月5日に開催されるボーパラ関西6 H07-08「金子理想音楽開発部」にて
コンピレーションアルバム「夜のすがた」を販売します!


開発の描いたイラストに曲をつけてもらっちゃったわーいっていうアルバムです!

参加者(敬称略)
はるまきごはん(Twitter:@harumaki_gohan  mylist/57349416 )
Task(Twitter:@taskmusics  mylist/25882253)
和田たけあき(くらげP)(Twitter:@kurage_P mylist/56932145)
sea-no(Twitter:@sealoid  mylist/31363947)
バルーン(Twitter:@balloon0120  mylist/57163497)
Sori Sawada(Twitter:@RisouMusic mylist/35879236)
vocal(track6):ダズビー(Twitter:@nicodaZzz mylist/18043113 )

なんかよくわからないくらい豪華になりました。
今回のテーマは「夜」
それぞれのイラストには人物が描かれていて、その人物たちの夜のすがたってことでこのタイトルになりました。安直。

実は3年前、中学3年生の時にもこんな企画をやっていまして、


3年たった今、同じようなことをやったらどんなものが出来るんだろうと思い作ってみました。
高校3年間の結晶です。

イベント終了後には通販も開始しますので、是非ご利用ください!



これから先は開発の昔の話なので、そういうのが苦手な方はご覧にならないほうがいいと思います~。
あと長いです。









今日。高校を卒業しました。
CGの勉強ができる学校で、正直独学でやってた方がいろいろ身につくぐらいのレベルですが、
自分では絶対やらないこととか扱わないテーマとかが課題で出たので楽しかったですし、勉強になりました。
一生付き合っていきたいと思う友人もたくさん出来て、たぶん高校時代が人生で一番楽しい時間になりました。

来年度からは名古屋のデザイン系の専門学校に通います。

高校卒業という一つの区切りの時期になり、いろいろと昔のことを思い出していたときにふと、
これは忘れないうちに何かに残しておこうと思いまして、なんやかんやいろいろ書きます。
私が不登校だったころのことです。(一回漫画にしようかとしたけど恥ずかしすぎてやめた)



私は三姉妹の末っ子です。長女とは5歳、次女とは2歳離れています。

原因は覚えていませんが、私が小2~3のとき、長女が不登校になりました。
子供なので、それにつられて私も仮病を使ったりして学校を休みがちになり、
気づいたころにはもう学校に戻るのが怖くてたまらなくなりました。
友達になんか言われるんじゃないかとか、勉強がわからないとかもういろいろ怖くて。
学校に行く用意をして、家の門を出るところまでは行けるのですが、
担任の先生の車に乗せられる瞬間に怖くなり、先生が無理やり乗せようとするのもすごく怖くて、
すぐ家に逃げ帰りました。

私が不登校になり始めたころ、父が不登校の原因がいじめだと決めつけ、
「誰がいじめてるんだ!!!俺がぼこぼこにしてやる!!!!!」と怒鳴って、
私のベットをそのぼこぼこにしてやるのアクションでぼんぼん殴ってきました。
何が何だかわからなくて、ふと頭に浮かんだ男の子の名前を言ってしまいました。
それから父は学校に乗り込み、その男の子を本当に問い詰めました。
当然いじめの事実はないので、やってないと言ったみたいなのですが、
父が無理やり謝らせ、その謝罪の言葉を私に伝えてきました。
私はその男の子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになって、
顔を合わせるのが怖くて、さらに学校に行きづらくなりました。
そしてそのころには次女もつられて不登校になっていました。

家にいる間なにをしていたかというと、ネットかテレビを見ていました。
テレビは大体アニマックスかキッズステーション(このせいで根っからのオタクになった)
ネットはメイプルストーリーをやってるか、ハンゲームをやってるか、ニコ動を見てるか。
絵もこのころから、長女の影響で描き始めました。

小3の終わりか小4の初め頃から、担任の勧めで不登校の子が通う施設に通い始めました。
小学生から中学生の不登校の子が在籍していて、
担当の先生が何人かと大学生のボランティアが日に2~4人いるという感じです。
午前中が勉強の時間で、午後が運動とお遊びの時間。
運動は隣の青年会館の体育館と運動場を借りてバドミントンやったりドッチボールやったり。
基本的に楽しかったんですが、私は勉強が苦手で嫌だったので午後だけ来るということが多かったです。

ある日の運動の時間、野球をしていた時でした。中学生の女の子同士の会話を聞いてしまいました。

「私レイプされたんだよね」

「私も」

この時、ここは私みたいななんの理由もなく引きこもってるやつが来ていい場所じゃないんだと思ってしまいました。
それからその施設もだんだんフェードアウトしていき、行かなくなってしまいました。

私がまた何もしなくなったころ、長女は高校へ進学し、次女も学校へ復帰していました。
このままじゃ私一人だと、ちょっとずつ学校に行ってみることにしました。
もちろん担任の送迎つきで、フルタイムじゃありません。クラスに入るのは週に2~3時間ぐらい。
それ以外は定期的に来て保健室かカウンセリング室にいる。それでも勇気が要りました。
クラスのみんなはまるで腫物に触るようにやさしかったし、つらかったら保健室に逃げる。
そんな感じで通っていたら割と通えて、卒業式にはみんなの輪の中に居れました。

問題は中学でした。

小学校とは違う軍隊のような雰囲気と、小学校の勉強がわかるのは当たり前な世界。
特に親しい友達もおらず、姉たちはきちんと学校に通っているというプレッシャー。
そんな環境じゃ一か月と持ちませんでした。

また不登校になってしまった。私は社会不適合者なんだと夜な夜な考えるという中学生らしいことを何百回としました。
毎日のように泣いてた気がする。
前通っていた施設には戻りずらいし、中学でもまたカウンセリング室通いになりました。

中学に上がってから、ちゃんとイラストを描き始めました。


中1の時のイラスト
正直このイラストを超えられる気がしません。なんか純粋だもの。

中2の春に、母にペンタブを買ってもらいました。
母は昔から子供のやりたいことをなるべくやらせてあげたいという考え方を持っていて、
長女は服飾系の専門、次女は医療系の大学、私はデザイン系の専門と、決して裕福な家庭ではないながらも、
夢を追いかけさせてくれています。

ペンタブを手に入れた私はミクを描きだしました。
昔からボカロは聞いていたし、ミクは描きやすそうだったので。
そしてそのイラストをピアプロやピクシブに投稿し始めました。
いろんな人に使ってもらえて、すごく嬉しかった。
カウンセリングの先生にこういう事をしてるよっていうことを話して現物を見せたりしてたら先生が
「今は金子は無理に学校に来なくてもいいから、将来の夢のために(経験値の)貯金をする期間にすればいいよ」と言ってくれました。
無理に来なくてもいいと言ってくれたことにとても救われました。

それからTwitterを始めました。
好きなイラストレーターさんやボカロPなどをちょこちょこフォローしていたら、ある人にフォロバされました。
ボカロPのアキバヲタPさんです。
偶然自分のフォロワー欄にいる私を見つけて、イラストがすごいいい、好きだと言ってくれました。
そこからアキバヲタPの仲よしさんたちも私のことをフォローしてくれたりして、
ボカロの動画のイラストなどを描くようになりました。
私を見つけてくれたヲタPのこと、直接言うのはちょっと恥ずかしいけど感謝してます。

それからどんどん色んな人と繋がっていって、色んな絵を描かせてもらえるようになって、
くらげPとかカラスヤサボウさんが参加してるスプリットアルバムのジャケを描かせてもらったり、
椎名もたさんとコラボさせてもらったり、おさかなとおんなのこ(通称金子ンピ第1弾)を出したり。
自分にすごく自信がついて、イベントに出たりして知らないおじさんともしゃべれるぐらい人見知りも治りました。

話はちょっと逸れますが、このころ舞台にドはまりしました。テニミュとかマグダラとかサクラ大戦の歌謡ショウとか。
キラキラした世界をしって、将来に向けての心持も明るくなりました。

中3になって将来のことを考え始めたとき、真面目に私には絵しかなかったので、
絵の勉強ができる学校がいいと思って今の学校を選びました。
ちょうどそこは不登校とかヤンキーが集まる学校で、治安は多少悪いけど面倒見がとてもいいという噂だったので、
両親や先生方も賛同してくれました。

結局中学は卒業まで不登校で、同じ不登校の子と二人卒業式をしました。
(そういえば中学生の時のインタビューで学校に関することとか言ってますが、流石に不登校だと大っぴらに言うのはあれかなと思って嘘ついてます。関係者各位ごめんなさい。)

高校は今までの不登校が嘘のように毎日元気に通っていました。なんと高校3年間で欠席は2日。
クラスメイトは結構な割合で元不登校で、傷つくことの怖さを知っているのでとても優しい子ばかりでした。
先生もそういう子に慣れていて、誠心誠意私たちのことを考えて向き合ってくれました。
授業もそれに合わせて中学校の勉強からやってくれたので、私でも学年トップが取れました。
高2のときには生徒会をやったり体育祭の運営係をしたりして、優等生してました。
高3ではクラス委員をやって、みんなをまとめちゃったりしてました。

そんなこんなで今日卒業です。
不登校になったことは親に心配かけたし反省していますが、後悔はしてません。
不登校の期間がなければ私はイラストを描いていないし、素敵な人たちや音楽に出会えなかった。
中学時代に味わえなかった青春も高校で取り戻せた。

今思うと、とても人に恵まれていたなと感じます。悪人に出会った記憶がないぐらい。
父とは今でも若干ぎくしゃくしていますが、仲は良いです。

イラストの依頼も、Twitterでの言葉も、動画についてる「絵好き」のコメント一つも、何もかも支えになりました。
これからも開発は素敵なイラストを開発しますので、どうぞ末永くよろしくお願いいたします。
3月5日のボーパラ関西でもよろしくね。

金子開発
2017/02/24(金) 19:40 いろいろ PERMALINK COM(0) TB(0)
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